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市立高等淑徳女学校
前身は皇太子成婚記念事業として大正13年4月に開校した町立女子技芸学校。最初は就将小に併置されていたが、昭和2年4月、現愛宕町に校舎を新築。3年4月、修業年限4年の市立高等女学校となった。写真は新築間もないころのもの。 昭和1年
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県立米子商蚕学校の本館
昭和2年4月1日、鳥取県立蚕業学校として当時の西伯郡大高村尾高に開校した。僅か1年にして翌3年4月に商業科を併設し、鳥取県立米子商蚕学校となり、米子市内の仮校舎(元郡役所)に移った。昭和4年4月、待望の新校舎水道山の麓、長砂の地に移った。 昭和4年
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大篠津村の愛国婦人会
男は兵隊として戦場へ赴き、女性は銃後の守りを果たすため、愛国婦人会が組織され、いろいろ幅広い活動をした。 昭和7年
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出征兵士の見送り(大篠津駅)
戦争中は国防のため、兵隊として応召することは名誉なことであり、街中こぞって祝応召、祝入営等の名前入りの、のぼりを立て盛大に見送りをしたものである。 昭和12年頃
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